あれは静かな日曜日の深夜二時過ぎのことでした。明日からの仕事に備えて早めに就寝しようと、最後にトイレに寄った時のことです。用を足していつも通りレバーを回すと、そこには信じられない光景が広がっていました。通常なら渦を巻いて吸い込まれていくはずの水が、逆にぐんぐんとせり上がってきたのです。便器の縁まであと数センチというところで水は止まりましたが、心臓の鼓動は激しくなり、冷や汗が止まりませんでした。私の住んでいるのは築十年のマンションの五階です。もしここで水が溢れ出したら、床のフローリングを突き抜けて四階の方の天井を汚してしまうのではないか。そんな恐怖が頭をよぎりました。深夜ということもあり、管理会社には繋がりません。ネットで必死に対処法を検索しましたが、どれもラバーカップを使うといった内容ばかりです。しかし、あいにく我が家にそんな道具はありませんでした。絶望的な気分になりながら、まずはバケツで便器内の水を少しずつ汲み出し、水位を下げる作業を黙々と行いました。少し落ち着きを取り戻したところで、原因を考えてみました。思い当たるのは、その日大掃除をして、流せるお掃除シートを五枚ほど立て続けに流したことでした。流せると書いてあっても、一度に大量に流せばマンションの細い配管では詰まってしまうのだと、その時初めて痛感しました。結局、その夜は一睡もできず、翌朝一番で二十四時間対応の修理業者に電話をしました。業者の人が到着するまでの数時間が、これほど長く感じたことはありません。到着したプロの方は、電動のワイヤーブラシのような道具を使い、わずか十五分ほどで詰まりを解消してくれました。作業員の方曰く、マンションの横引き管でシートが重なり合ってダムのような状態になっていたそうです。修理費用として数万円の出費となりましたが、階下への漏水を免れたことを考えれば安いものだと言い聞かせました。この事件以来、私はトイレットペーパーの量に細心の注意を払い、掃除用シートも決して流さないようにしています。そして、何よりも先に購入したのは、信頼性の高いプロ仕様のラバーカップでした。マンション暮らしにおけるトイレの平穏は、当たり前のようでいて、実は脆いバランスの上に成り立っているのだと深く学んだ一夜でした。