都心のアパートに引っ越してきて数ヶ月が経った頃、私はある悩みを抱えていました。それは、どこからともなく漂ってくる、かすかな下水のような臭いでした。特に湿気の多い日や、窓を閉め切っている時に強く感じるその臭いは、私の快適な新生活に影を落としていました。最初はキッチンかお風呂場を疑い、パイプクリーナーを流し込んだり、換気扇を回し続けたりしましたが、効果は一時的。臭いの根源がどこにあるのか分からず、途方に暮れていました。そんなある日、洗濯をしようと洗濯機を少し動かした時のこと。床にある排水口が目に入りました。そこには、最近の住宅でよく見るようなカップ状の部品はなく、ただ塩ビ管が床から突き出ているだけで、そこに洗濯機の排水ホースが何の部品も介さずに差し込まれていました。その無防備な光景を見た瞬間、これだ、と直感しました。調べてみると、この「排水トラップ」がない状態では、下水の臭いがそのまま上がってくるというのです。私の部屋の臭いの原因は、まさにこの排水口にあったのです。すぐに管理会社に連絡し、状況を説明しました。幸いにも、管理会社はすぐに事態を把握してくれ、後日、専門の業者が来てくれることになりました。業者の人は、床を一部開口し、新しい排水トラップを設置してくれました。工事が終わった後、あれだけ私を悩ませていた下水の臭いは、嘘のようにピタリと止みました。あの時の安堵感と、部屋の空気が澄んで感じられた感動は今でも忘れられません。排水トラップという、これまで意識したこともなかった小さな部品一つが、生活の質をこれほどまでに左右するのだと身をもって知った、忘れられない経験です。